ある朝の出来事

 朝、朝食も済ませ「さあ学校だ」という時刻。昨日帰ってきた時のまま放置されていた鞄を抱え上げた仗助のもとにやってきたのは、末妹の徐倫だった。
 髪はまだぼさぼさで、いつものようにお団子に結われていない。
 まだ登校まで少し時間がある。徐倫は少し慌てた様子で、部屋をきょろきょろと見まわした。

「ねえ、承太郎兄さん知らない?」
「兄さん? さっき花京院さんが呼びに来たぜェ〜」
「ウッソ、マジ!? 髪結って貰おうと思ったのに……」
「自分で結えばいいだろ? いつも結ってんだから……」

 徐倫は仗助に向かって首を振った。

「あたし、自分の髪結えないのよ……いつも承太郎兄さんに結ってもらってるの。よくジョニィの髪で遊んだりはするけどさぁ〜〜……」
「マジかよッ。そりゃあ知らなかったぜ……で、どうするんだ? そのまま学校行くのかよ」
「そんな訳ないでしょ」

 徐倫がずいと仗助に迫る。10cmほど身長差はあるが、それでも徐倫が仗助に目線を合わせるには十分だった。
 徐倫の睫毛に縁取られた大きな瞳が仗助に向けられる。

「仕方ないから、兄貴で我慢するわ。ほら、さっさと結ってよ」
「はあ〜!? なんでおれが結ってやんなきゃなんねーんだっつーの!」
「いっつも丁寧に髪の毛整えてるんだから、これくらい出来るでしょ!」

 ぐいとヘアゴムとヘアピンの入ったプラスチックの小箱を押しつけられ、仗助は下唇を突き出して徐倫を見た。徐倫はすっかりその気のようで、床に座り込んで仗助を待っている。
 仗助は仕方なく膝を突き、鞄から普段使っている櫛を取り出してまだ寝癖の残る髪に櫛を通し始めた。

「兄貴、ポマード臭い」
「うるせえ! やってもらっといて、文句いうんじゃねえよ」
「……うん……まあ、少しくらい下手くそでも今日は許してあげるからさ」

 髪が櫛を通る感触に、徐倫は目を閉じて身を任せている。癖を整えていきながら、仗助は片手で髪留めのピンを取り出した。

「馬鹿いうなよ、やるからには承太郎兄さんよりもグレートにしてやっからよお〜〜」
「だからって、いつもと違うのにはしないでよね」
「分かってるっての」

 そうこうしている間に、刻一刻とあわただしい朝の時間は過ぎていく。階下からジョナサンとジョセフが呼ぶ声が聞こえたのは、仗助が徐倫の髪を結い終えたのとほぼ同時だった。

「仗助、億泰くんと康一くんが来てるよ!」
「仗助ちゃん、早くしないと遅刻よ〜ん。徐倫もね」
「ゲッ、マジかよぉ〜〜……ホラッ、終わったぜ! 早くしねーと……」

 言うなり櫛をしまって飛び出していった仗助の背中を見送りながら、徐倫はゆっくりと髪を確かめた。階段からは仗助がドタバタと会談を駆け下りていく音が聞こえる。
 徐倫は時計を見て目を見開いた。

「ゲッ、こりゃわたしもヤバいわ。F.F待ってるかなぁ」

 徐倫が学校鞄を抱えて階下へ降りると、ジョナサンと出くわした。

「徐倫、時間は大丈夫なのかい? ……あれ? 何だかいつもと髪が違わないかい?」
「そうかしら? いい感じでしょ」
「うん。いいんじゃあないかな。スゴくいい感じだよ」
「でしょ。……あ、わたしF.Fが待ってるから行かないと」
「ああ、行ってらっしゃい。気をつけて」

 行ってきます、と言い残して、徐倫は家を飛び出した。
 心なしか整髪剤のにおいがするけれど、そんなのは気にならない。何となくいつもと違う時別な気分で、徐倫はいつもの待ち合わせ場所で待つF.Fのもとへと駆け出した。

ある朝のきょうだい。
2010.6