ストーカーは犯罪です。

 ネエロさんちは、貧乏だ。
 今日も今日とて、日暮らしの銭を稼ぐためにギアッチョとメローネがアルバイトを探していたが、どこも門前払いだった。

 当然と言えば当然だろう。
 片やばっくりと胸と腹が露出したド派手なマスク、片や露出は低いもののすぐにプッツンする口が悪い横柄な赤ぶち眼鏡。一方、プロシュートとペッシは黙々と内職、ホルマジオは無難に日雇いバイトを転々としている。現在は引っ越し屋で数日働いており、なかなか順調らしい。

「あー、クソッ! どこもかしこも門前払いだァァ〜〜!? フザけんなッ!クソッ!クソッ!ボケが!」
「ギアッチョがすぐにキレるからだぜ……今日だって、店長締め上げちまってさぁ」
「うるっせェぞメローネッ! てめーこそ、そのカッコどうにかしやがれ! 店ン中も入れなかっただろーが!」
「一般人には分からねーのさ、オレのセンスが……ん?」

 不揃いなブロンドを掻きあげながら半ば自己陶酔的に言ったメローネにギアッチョがいつものように噛みつこうとした時、いきなりメローネが立ち止まった。合わせてギアッチョも立ち止まる。

「ああ? どうしたよォ、メローネ」
「あれさァ……イルーゾォじゃあねえか?」
「イルーゾォ?」

 ギアッチョが言われた方向に目を向けると、十字路の壁に隠れて十字路を覗き込む長い黒髪──イルーゾォの姿があった。
 二人に背を向けているので、二人には気づいていないようだ。

「アイツ何してんだ? こんなトコで」
「さあ。聞いてみりゃあいいんじゃあねーか?」

 言うなり、メローネはイルーゾォに歩み寄って不躾にその肩に手を置いた。
 ビクリとして、イルーゾォが恐る恐るといった調子で振り返る。視界に入った見覚えのある二人の姿を見て、イルーゾォはいくらか安心したように体から力を抜いた。

「な、何だおまえらか……どうしたんだ、こんな所で」
「オレとギアッチョはバイトの面接がえりさ。ま、話にならなかったがね……」
「おめーこそ何してんだよ、イルーゾォ」
「う……」

 答える代わりに、イルーゾォは口ごもって道路をそっと覗きこんだ。その視線の先にいるのは──メローネとギアッチョも、それを確かめるために体半分隠れて覗き込む。
 そこには、頭にお団子を二つ乗っけた、遠目にもよく目立つ少女がいた。

「ありゃあ、お向かいさんとこの……」
「確か、『徐倫』、だったかな。一応データは取ってあるぜ」
「しっかし、何でお向かいさんの娘を……」

ギアッチョがイルーゾォに冷たい視線を向ける。

「おめー、いくら女にモテねえからって『ストーカー』かァ? よろしくねえなぁ……ディ・モールト」
「ち、違うッ! ストーカーなんかじゃあ……う、うう〜……」
「『モテない』のは、ギアッチョだって一緒だろ? イルーゾォはただ見守ってるだけだよなァ〜〜、遠くから、さァァ〜」
「ああ!? うるせえぞボケ! 余計なお世話だ……」

 怒鳴りつけようと声を荒げたギアッチョの口を、メローネの手袋で覆われた手がふさいだ。ものすごい形相でギアッチョがメローネを睨みつけるが、どうしてかイルーゾォがビクビクするばかりで、メローネはどこ吹く風だ。

「で、彼女と何があったんだい。オレに話してみなよォ」

 ギアッチョを抑え込みながら、メローネが尋ねる。
 道をゆっくり歩く徐倫の背中から目を離さないまま、イルーゾォはぽつぽつと話し始めた。

「あの子……徐倫が、オレを助けてくれたんだ」
「助けた?」
「オレが買い出し当番だった時のことだ……」

* * *

 買い物帰り、両手に買い物袋を提げて、イルーゾォはようやく慣れ始めた道を歩いていた。
 イルーゾォは普段外に出ないので、地理にはあまり詳しくない。初めのころは、面倒見の良いホルマジオに道案内を頼んだ程だ。そのおかげもあってか、最近ようやくスーパーからアジトへの道を一人で歩けるようになった。
 鏡の中の世界を歩いた方がイルーゾォとしては心安らかなのだが、逆に道に迷った時に困ってしまうため、買い物当番のときだけは素直に外を歩くことにしていた。

「重いな……ホルマジオに着いて来てもらえばよかったぜ……」

 イルーゾォは息を吐いて呟く。
 ホルマジオの能力は、こういう時に便利だ。ポリ袋は破れてしまうが、小さくなった品物を運ぶことに比べればずっと軽い。
 袋を提げ直し、イルーゾォは帰路を急いだ。外の世界は、内気な彼にとってどうも落ち着かないものだからだ。
 曲がり角にさしかかったその時、不意に飛び出してくる小さな影があった。それはイルーゾォに激しく吠えかかり、飛びかかって来た。

「う、うおおッ!?」

 なすすべなく、イルーゾォは荷物を地面に落とし尻餅を突く。飛びかかって来た『ソイツ』は、白と黒の体毛を持った犬――ボストンテリアだった。

「て、てめーっ、なにするんだッ! や、やめろよォォ〜〜ッ!」

 イルーゾォは、自分の『鏡の中の世界』にいないときは酷く弱気だ。その時もなすすべなくその犬に押し倒され、バリバリと髪の毛をむしられてしまっていた。
 買い物袋はひっくり返って、中身が散乱している。恐怖と情けなさとその他諸々の感情が入り混じり、目尻に思わず涙が浮かんだ時だった。

「イギー! 駄目じゃない、また人を襲って!」

 その凛とした一声で、犬はぴたりと動きを止めた。涙目になったイルーゾォが犬の体越しに見たのは、一人の少女の姿。
 金と黒の入り混じった髪、二つのお団子──イルーゾォには、その救世主の姿がこの上なく頼もしいものに映った。
 少女がさっとポケットから何かを取り出す。──コーヒー味のチューインガム。それを見た途端、今までイルーゾォの髪にかじりついていた犬は一目散に少女の元へと駆けて行った。チューインガムを器用に食べる犬に更に一枚ガムを与え、少女がイルーゾォに駆け寄って来た。

「アナタ、大丈夫? あの子、人嫌いで人を見ると見境なく襲うから……」
「あ、ああ……グラッツェ、大丈夫だ」
「そう、ならいいんだけど……荷物、散らかっちゃったわね。拾うの手伝うわ」
「えっ、そんな……」
「いいのよ。お金なんて取らないんだから」

 そう言うと、少女はさっさと散らかった食料や日用品を拾い集め始めた。半ば放心状態だったイルーゾォも、任せてばかりはいられないと起き上がり拾い始める。
 二人がかりだと、予想以上に早く荷物は元通り袋に収まった。

「うん、これで大丈夫ね」
「す、スマナイな、手伝わせちまって」
「気にしないで。当然のことをしたまでだから」
「あ、ああ……マジにありがとう。助かったよ」
「じゃあ、わたし行くから。これからは、イギーには気をつけてね」

 そうして、イルーゾォが呼びとめる間もなく、少女はイギーを引き連れて去って行った。
 その姿は、イルーゾォの目に焼き付いて離れなかった──。

* * *

「へェー、そんなことがあったのかい。……にしても、暗殺を生業にしている人間が少女に助けられるとは……」
「う、うるさいッ! おまえも一ペン襲われてみりゃあいいッ! うう……」
「断る。……が、おめーも『目の付けどころ』は悪くない。ありゃあ母体として最高だろうなァァ〜〜ッ」

 メローネがにやりといやらしい笑みを浮かべて徐倫を見る。彼の眼は、今や『獲物』を見る目になっていた。

「年齢、血液型、生年月日……これらの相性は『標的』によって変わるがァ……あの子は身体的なスペックからしてかなりイイ。麻薬も酒も煙草もやってはいないみたいだが、ディ・モールト元気な子供が出来そうだ」
「やめろよォッ! お、オレは……そんな目であの子を見てるんじゃあないッ!」
「大声出すなって。バレちまうぜェ〜〜?」

 その時、ギアッチョが拘束から逃れた。額にはくっきりと青筋が浮かんでいる。

「クソッ! メローネ、てめー……後で覚えてやがれよ、このクソボケがッ!」
「ハイハイ、ごめんねェ〜〜」

 ギアッチョが苛立ちに任せて壁を殴りつけた。ゴッ、と鈍い音がするが、ギアッチョ自身はあまり痛みを感じていないらしく、あからさまな舌打ちをしただけだった。

「で、どうすんだよ、イルーゾォ。このままずっとつけ回すつもりかよ?」
「いや……もう帰るよ。夕飯の時間だろう?」

 ギアッチョに向けて軽く首を振って見せながら、イルーゾォは言った。その姿は少し寂しげだ。

「……にしても、おめーにロリコンのケがあったとはな。知らなかったぜ、イルーゾォ」
「ち、違うって言ってるだろ!メローネ」
「ハイハイ、分かった分かった」

 完全に徐倫に気をやっていたためが、三人は後ろから近づく人影に気づかなかった。

「アンタたち、なにしてんスか?」

 不意にかけられた声に振り向くと、立派なリーゼントに学ランの少年が立っていた。少年と言っても、その身長は三人よりもずっと高い。少年は学生鞄を携えながら、不審人物を見るような目で三人を見た。
 彼は見た目からして不良らしく、下唇を突き出して睨む様はまるでメンチを切っているようだ。
 メローネが小さく肩をすくめて白々しく言葉を吐いた。

「いや、オレたちはただ、不審な人物がいないかどうか見張っていただけさ」
「おれからすりゃあ、アンタたちが十分不審なんですがね」
「何だてめー、言いがかりか? ああ!?」

 いきりたつギアッチョに、少年は小さく首を振る。

「いや、最近妹が『つけられてる感じがする』って言ってましてね……こりゃあ疑わしくもなるっつゥーわけっすよ」
「へえッ、そりゃあアブないな……ベリッシモよくない」
「さ、最近物騒だからな……」
「本当っスよ。オチオチ散歩もさせられねえっス」

 イルーゾォとメローネがしらを切る。
 ギアッチョは不満げに下唇を軽く噛んでいたが、少年がようやく疑いの目をそむけて三人の横を通り過ぎようとした時、ぼそりと吐き捨てるようにある言葉をつぶやいた。
 それは、少年にとっての禁忌に抵触する禁止語句だった。

「ケッ、ハンバーグみてーな頭しやがって」

 ぴたり、と少年の足が止まった。振り向いたその顔は、先ほどとは打って変わってまるで鬼のごとき形相だ。

「……てめー、今なんつった?」

 苛立ったギアッチョが、更に喧嘩腰になる。

「てめーの頭がハンバーグみてーっつったんだよ! 今時古ィんだよ、その髪型よォォ〜〜」
「何だとォ〜〜〜!?」

 プッツン。こんな音が確かに聞こえた。

「この髪型がハンバーグだとォ!? もう一ペン言ってみやがれッ!」

 次にギアッチョが何か言う前に、ビュッ、と鋭く風を切る音が聞こえた。次の瞬間、ギアッチョは防御の姿勢を取る間もなく殴り飛ばされ、向かい側の壁に叩きつけられた。
 事態をいち早く把握したメローネが目を見開く。

「ギアッチョ!? ……クソッ、ヤバいぜ。そりゃもう、ディ・モールト……」

 少年から伝わってくるのはすさまじいまでの『気迫』。
 メローネには今、ベイビィがいない。それが表わすのは、彼が今『無力』だということだ。
 ならば、答えは早い。

「この髪型を馬鹿にする奴は、誰であろうと許さね〜〜!」
「イルーゾォ!逃げるぜ、勝ち目がねえ!」
「わ、分かったッ!」

 イルーゾォが、懐から手鏡を取り出した。彼のスタンド──『マン・イン・ザ・ミラー』が現れる。メローネがギアッチョに駆け寄り、その腕を掴んだ。

「いいぜ、イルーゾォ!」
「『マン・イン・ザ・ミラー』! オレたちが鏡の世界に入ることを許可しろッ! ただし、『それ以外のもの』は許可しないィーッ!」
「ドラァッ!」

 少年の拳が空を切った。イルーゾォが一瞬早かったのだ。
 突如として消えた怪しい三人組に驚いて、少年は拳を止めた。

「……何だったんだ? スタンド能力か、あれはよぉ……」
「あれ、仗助兄貴? どうしたの、こんなところで」

 聞きなれた声と共に曲がり角から現れたのは、徐倫だった。
 仗助はスタンド『クレイジー・ダイヤモンド』をひっこめ、妹の徐倫に向き直る。

「徐倫、大丈夫だったか?」
「え、何が?」
「いや、なんか怪しい奴らがいたからよぉ〜〜。ギリギリ逃がしちまったが」
「わたしはどうもないわよ。それより、さっさと帰らないとお兄ちゃんに怒られるわ。兄貴の声がしたから、わざわざ戻って来たのよ」
「そーか、そりゃあすまねえ。さっさと帰るとするかぁ〜」

 徐倫が踵を返したのに合わせ、仗助も歩きだす。歩幅が広い仗助はすぐに徐倫に追いついた。普通に歩くと徐倫を簡単に追い抜いてしまうので、仗助は少しだけ歩く速度を緩めて並んで歩いた。
 夕日が人気のない道で二人を照らしている。影が長く伸びて、夜が近いことを知らせていた。



「いやー、ベリッシモヒドい目に遭ったな。大丈夫か、ギアッチョ?」
「これくらい、どうってことねーよ……」

 鏡の中の裏返った世界で、ギアッチョが血反吐を吐き捨てた。そして、イルーゾォをひびが入った眼鏡のレンズの奥からぎろりと睨みつける。

「どれもこれも、てめーが悪ィんだぜ、イルーゾォ!」
「お、おれかよォ! ギアッチョが勝手に喧嘩ふっかけたんだろーが!」
「ああ!? フザけんなよクソがッ! ブチ割られてーのか!」

 まあまあ、とメローネがなだめるのもむなしく、ギアッチョはヒートアップするばかりだ。イルーゾォも鏡の中で強気になるせいか、無駄にギアッチョに食ってかかる。しまいには、冷気が漂い始めた。

「クソッ! クソッ! どいつもこいつもオレをコケにしやがってよォォ〜〜! 『ホワイト』……」
「させるかよおぉ〜〜〜ッ! 『マン・イン・ザ・ミラー』! オレ以外の奴らを鏡の外へ追い出せッ!」
「なっ……」

 あっという間もなく、鏡の中に残されたのはイルーゾォのみになった。
 ギアッチョとメローネは鏡の外へと追い出され、勢いよく尻餅を突く。発動しかけていたスタンドをひっこめて、ギアッチョはあからさまに舌打ちをした。

「チクショーが……覚えてやがれ、イルーゾォ!」

 バリバリと派手に音を立てながら手鏡の表面を粉々に踏み砕き、ギアッチョは踵を返した。メローネが続く。

「マジにヒドい目に遭ったぜ。イルーゾォの野郎、今度ベイビィの父親に──いや、役に立たねえか」
「クソッ!無事でいられると思うなよ……」

 口々に文句を言いながら、二人はアジトへ向かう。

 鏡の中、鏡が砕けるおそましい音や恐ろしい文句を聞いていたイルーゾォは、この先を考えナーバスになっている。引きこもりに拍車がかかりそうである。
 アジトでは、きっとプロシュートが料理を用意して待っているだろう。

 こうして、それぞれの夜が更けていく。

ジョースター家族パロ はす向かいのぼろアパートのネエロさん一家
2010.6