共有時間

「あたし、お買い物に行きたいわ」

 いきなりトリッシュが言い出したので、ジョルノとミスタは顔を見合わせた。
 組織本拠地の職務室内には、ジョルノとミスタとトリッシュ、ココ・ジャンボ内に滞在するポルナレフしかいない。
 片やお嬢様育ちの少女、片やギャングのボスとその右腕。会計などの雑務全般をこなすフーゴは、今は留守にしているようだ。ジョルノは目を通していた報告書の束から目を上げ、トリッシュを見た。

「いきなりすぎやしませんか? トリッシュ」
「どうしても今行きたいのよ。新しい香水が出たのよ」
「香水……」

 頑として折れない様子のトリッシュに、ジョルノが息を吐いて報告書を机に置いた。
 ギャング団「パッショーネ」は多くの店舗を経営し、それを統括するボスの地位は決して暇ではない。まだ成人まで時間がある少年にとっては重すぎる立場。けれど、ジョルノは立派に部下を付き従え、ミスタとフーゴの助けもあって危なげなく職務をこなしていた。
 ジョルノは仕方ない、という風に頷き、トリッシュに目を向けた。

「わかりました、行きましょう。少しなら時間が取れます」
「おい、マジかよジョルノ。まだ報告書が100枚はあるぜ」
「大丈夫ですよ、ミスタ。これくらいならそう何日もかからないでしょう」
「片づかねーって泣きつくなよ」
「誰もミスタには泣きつきませんよ」

 どういうことだ、と声を荒げるミスタを横目に、ジョルノは立ち上がった。

「さ、行きましょうか。トリッシュ、ミスタ」
「オレもかよ!?」
「当然です。あなた、仮にも僕の右腕ですよね?」
「……ま、まあ……そうだがよォ〜〜」

 そこまで言われては、さすがに断るわけにもいかない。ミスタは普段から携えている拳銃が腰にあることを確認すると、座り心地のよいソファから腰を上げた。

『ミスタぁー、マタ荷物持ちカヨォ〜?』
「うるせえ、いかなきゃあオレがジョルノにどやされんだよ」

 口々にからかいの言葉を発する『セックス・ピストルズ』を軽くいなし、ミスタが率先してドアを押し開けた。

 外に出ると、天気は気持ち良い程の快晴だった。なぜあんな部屋に缶詰めになって仕事をしなければいけないのかと不思議に思ってしまうほどだ。降り注ぐ陽の光の元、春先のさわやかな風が三人の間を吹き抜けていく。ジョルノが目を細めた。

「いい天気です。『お出かけ日和』ってやつですね」
「町に下りていくのも久しぶりな気がするな。最近仕事詰めだったからなあ〜」

 ミスタもぐっと伸びをした。じっとしていたために凝り固まった筋肉がひきつり、骨がぽきぽきと小さな音を発する。
ミスタの後ろで、トリッシュが気持ちよさそうに空を仰いでいた。

「まだ組織は生まれ変わったばかりだもの。みんな一生懸命なのね」

 ジョルノが頷いた。

「ミスタとフーゴも頑張ってくれています。だからぼくも頑張れるんですよ……さあ、行きましょうか」

 ジョルノが歩きだしたのに合わせ、ミスタとトリッシュも一歩遅れて歩き出した。


 ネアポリスの街は、人も多く賑やかしい。現在は昼時ともあってか、メインストリートに人通りはそう多くなかった。
しばらく散歩でもするように適当に歩き回り、近頃なまっていた体をほぐす。
 ネアポリス中等学校の近くまで差し掛かったとき、ジョルノ達の前に見覚えのある姿が現れた。
 パッショーネの中核の一人、天才と名高いパンナコッタ・フーゴだ。フーゴは数冊本を抱えており、ジョルノ達に気がつくと軽く片手を上げた。

「ジョルノ、ミスタ、トリッシュ。こんなところで何をやっているんです? 仕事は?」
「ひと休みですよ。大丈夫、必ず期日までには終わらせますから」
「わたしのわがままに付き合って貰ってるのよ。フーゴこそ、どこに行っていたの?」

 トリッシュの問いかけに、フーゴは一冊の本を差し出して見せた。いかにも難しげな文字が表紙に踊っている。

「少し資料が必要になりましてね、ネアポリス中を回ってようやく見つけたんです。おかげで、朝早くに出たのにこんな時間ですよ……」
「へェ、何が書いてあるのか全くわからねーな」
「一応全部母語――イタリア語だけどね、ミスタ」
「だれも読めねーとは言ってねえだろーがッ!」

 すぐにいきりたつミスタに、フーゴがやれやれと軽く肩を竦めた。フーゴは、スイッチが入っていない時は穏やかな性格だ。
 それが、スイッチが入ったようにプッツンするから周りの人間にはまるで「爆発物」のように扱われている。かつてはナランチャに対してよくキレていた。
 フーゴは本をひっこめ、抱え直すとぴしりとジョルノたちを指差した。

「とにかく、遅くならないように。いくら立場が立場といっても、きみはまだ年齢的に見れば中学生です」
「心配しなくても大丈夫ですよ。そう遅くまでぶらつく予定もありませんし」
「そう、ならいいんだけどな。ちゃんと鍵はかけてきましたか? ぼくが留守番しておきますから、日が暮れるまでには帰ってきてくださいね」
「わかりました。ポルナレフさんも一応いますが、よろしくお願いします、フーゴ」

 ちらりとミスタに一瞥をくれ、三人に向かって軽く手を振ってフーゴはすれ違って歩き出した。その背中は、すぐに人ごみに紛れて見えなくなった。

「さて、行きましょうか。トリッシュ、香水が欲しいんでしたっけ?」
「香水以外にも、色々欲しいかも……ストッキング、頬紅、ファンデーション、それに好きな雑誌ももう発売してるわね」

 ずらずらとトリッシュが並べたてる『女の子』らしいものに難色を示したのはミスタだった。

「それを買うのにオレたちも付き合えっつーのか?」
「当然よ。一緒に来てもらった意味がないでしょう」
「大丈夫、なにもランジェリーショップに入る訳じゃあないんですから」
「ジョルノ、オメーまで言うのかよ……」

 結局は押し切られ、ミスタはしぶしぶといった様子で二人について歩いた。
 入ったのは、町中にある大きなドラッグストアだった。嬉々として品物を放り込んでいくトリッシュに、日用品の物色をするジョルノ。
 思ったより「女性ばかり」という印象ではなかったが、それでも『化粧品コーナー』はミスタにとって居心地の良い場所ではなかった。ずらずらとファンデーションのテスターが並ぶ化粧品コーナーでそわそわしているミスタに、ジョルノが歩み寄って来た。

「どうかしましたか、ミスタ」
「いや、何か居心地悪くてよ……」
「なぜです?」
「だってよォ、いかにも『男子禁制!』って感じじゃあねーか。オレには似合わねェーぜ、ここ」
「仕方ないですよ、女性専用なんですから。……あ、これですね、トリッシュが欲しがっていた頬紅。ファンデーションはこれか」
「とっとと出ようぜェ〜、ジョルノ。何か店員の目が痛ェよ」
「気のせいですって、ミスタ。別にあなたが化粧する訳じゃあないんですから大丈夫です」

 トリッシュにいいつけられた化粧品を一通り籠に放り込むと、ミスタはとっととコーナーを後にした。ジョルノは相変わらずマイペースに様々の商品を覗き見ている。
 それからトリッシュが会計カウンターの前で待つ二人の元にやってきたのは、10分ほど経った頃だった。

「お待たせ。待った?」
「遅ェよ。ほら、とっとと会計済ませようぜェ〜」

 籠一杯に入っていた商品はそこそこの値段だったが、トリッシュだってノン気していたわけではない。ちゃんと彼女のものは彼女自身で払えるだけの金があった。トリッシュは「少し出してほしい」なんてそぶりを全く見せずさっさと勘定を済ませると、品物が袋に収まっていく様子を眺めていた。
 ドラッグストアから出るとき、ジョルノとミスタの両手には大きな袋が下がっていた。

「まだ買うつもりかよ? トリッシュ」
「あとは、香水ね。使ってるものが切れちゃって」
「香水、ですか……この荷物の量じゃあ、少し店を見て回るのは無理がありますね」

 両手いっぱいの荷物を指して見せながら、ジョルノが言った。
 ちょうど差し掛かった広場のベンチに荷物を置き、ミスタとトリッシュに目を向ける。ジョルノがミスタの荷物をひったくるように引き受けた。

「ぼくが荷物を見ていますから……トリッシュ、ミスタ、二人で行ってきてください」
「オレかよォ〜!? オメーの方がこういうの詳しいだろ……」
「ボスからの命令です。トリッシュをよろしくお願いしますよ、ミスタ」
「『職権乱用』っつーんだぜ、そういうの」
「決まったわね。さあ、行きましょう」

 大きく息を漏らし、ミスタは身軽になった体を引きずってトリッシュと共に歩き出した。

「香水っつーとよォ、どこに売ってるんだ?」
「いつも買うのはあそこのお店ね。品揃えも多いのよ。お値段もそこそこ」

 トリッシュが指差したのは、そう大きくはない一軒の店だった。だが、ガラスのショーウィンドウに並べられたものはどれも可愛らしく、清楚な雰囲気を醸し出している。
 店内に入ると、香水の匂いがミスタの鼻腔を満たした。嗅ぎなれない匂いに、ミスタは一瞬眉を寄せて顔をしかめる。

「結構キツい匂いするんだな、香水ってよォ」
「ものによるわ。あたしはあなたも結構キツイと思うけど」
「余計なお世話だっつーの……オレも何か買おうかなあ」

 ぼそりと気にした風に発されたミスタの言葉にトリッシュが反応して、彼女の長いまつげに縁取られた大きな目が彼に向けられた。

「香水、欲しいの? なら、あたしも選ぶの手伝ってあげるわよ」
「んー、別にいいぜ。よくわからねーしな」
「だから、選んであげるってば。ね」

 そう言うと、トリッシュはミスタの腕を掴んでメンズコーナーへと強引に引っ張って行った。女性は、あんな細腕だというのにこういうときだけはやたらと力が強い。うろたえる前に、ミスタは感心してしまった。
 ミスタも、何も女性関係が全くなかったわけではない。ナンパは大好きだったし、可愛い女の子と遊んだりもした。けれど、トリッシュのように『仲間』という遠いのか近いのか分からない関係になった時、彼は少し対応に困ってしまった。普通に「女性」として扱うべきか? それともジョルノ達と同等に「仲間、友人」というカテゴリで扱うべきか?
 ――彼が出した結論は、あくまでも「仲間」として扱うことだった。一度は心身を入れ替えた仲だ。女性として扱うよりも仲間として分け隔てなく接することの方が彼にとって気が楽だったし、きっと彼女にとっても楽なんだろうと思った。

「と、トリッシュ、自分のは選ばなくてもいいのかよッ」
「いいのよ、あたしは欲しいものが決まってるもの。大丈夫、ジョルノなら待っていてくれるわ。昼寝でもしているんじゃあないかしら」
「そういう問題じゃあ……」

 不意にトリッシュがミスタの手を取り、彼の手の甲に香水のテスターをちょこっと吹きかけた。
 ミスタはいきなり触れた柔らかな手の感触にどきりとするが、不意をつかれたせいだと片づけて香水がつけられた部位を鼻に近付けた。鼻腔をくすぐる強烈な甘い匂い。意図せずとも、鼻の頭に皺が寄る。たまらずすぐに顔を離した。

「何の匂いだ? こりゃあ」
「好みじゃあなかった? あたしは甘めの匂いが好きなんだけど……柑橘系の方が好きかしら」
「よく分からんが、これはあんまり好きじゃあねえな。甘ったる過ぎてオレには似合わねー」
「そう。なら、これとか?」

 そう言うと、今度はトリッシュが自らの手の甲に香水のテスターを吹きかけた。それをミスタの顔に近付ける。思わず少したじろぎながら、ミスタはおずおずと鼻を彼女の手に寄せた。

「……さっきよりはマシだな。嫌いじゃあねえ」
「やっぱり、男の人はさわやかな香りが好きなのかしら? よく分からないけれど」

 テスターを戻し、トリッシュは微笑みながら自らも匂いを嗅いだ。小首を傾げながら尋ねてくる様子に一瞬言葉を探しあぐねるミスタだが、すぐに我に返ってトリッシュの肩に手を置き軽く引いた。

「ホラ、オレはいいんだよ。買う金もねえ。さっさとおめーの欲しい香水買って帰ろうぜ。匂いが染みついちまう」
「ふふ、混ざったら大変なことになりそうだものね」
「うるせえ」

 レディースの香水コーナーへひかれながら、トリッシュが小さく笑う。

「けど、あなたの匂い、嫌いじゃあないわよ。前も言ったけれど」
「……! やっぱりそうか〜?」
「ええ、でもやっぱり指は変な形ね。大きな手」

 トリッシュがミスタに向けて笑みを浮かべた。形の良い唇が弧を描き、大きな瞳はミスタを見ている。思いもよらずじわりと顔が熱くなる感覚に、ミスタは慌てて彼女から顔を逸らした。

「とっとと買っちまえよォ〜。オレ、いい加減鼻が利かなくなって来たぜ……」
「ええ。先に出ていていいわよ。買ってくるから」

 先に店を出たミスタは、一度大きく頭を振った。帽子から弾丸がこぼれ出る。それを拾い上げながらため息を吐いた。

(トリッシュは仲間だろ……オレもついにヤキが回ったか? 熱でもあんのかな……)

 額に手をやっても、熱は無い。感情の正体を探しかね、ミスタはうろうろとストリートを歩き回った。

「お待たせ」
「うおおっ!?」
「どうしたのよ、そんなに驚くことないじゃない」
「い、いや、別に先にジョルノのとこ帰ろォ〜とか、フケちまおうなんて考えてたわけじゃあ……!」
「誰もそんなこと言ってないわ。さあ、ジョルノのところへ戻りましょう」

 広場へ戻ると、ジョルノは足元に群がるハトにパンくずをやっていた。大分のん気していたみたいだ。

「おかえりなさい、ミスタ、トリッシュ。早かったですね」
「そうかァ? オレは一時間は引っ張り回された気分だな」
「そうかしら。せいぜい10分ってところじゃあないかしら?」
「フーゴが待っています。ぼくも仕事をしなきゃあならないし……帰りましょうか」

 ジョルノが立ちあがり、荷物を抱え上げた。残りをミスタが持つ。

「ミスタ、甘い香りがしますね。ミスタらしくもない」
「香水の匂いが染みついちまったんだよ。しょうがねーだろ、ジョルノッ」
「誰もけなしてませんよ」

 全く、と小さく息を吐くジョルノは、態度だけを見るとミスタよりも年長者のようだ。二人の隣でトリッシュが笑っている。
 ネアポリスの昼下がり、三人はフーゴの待つ家へと帰る。

「ふふ、いい香りでしょう。今度あたしが香水買ってあげるわ、ミスタ」

 ミスタの隣で、トリッシュの笑顔が咲いた。

「あ、ああ……」

 「ミスタ、顔が赤いですよ。疲れましたか?」なんて聞いてくるジョルノに大げさに首を振った拍子に、袋の中のものが散らばった。
 ストリートにぶちまけられた中身を慌てて拾い集めながら、ミスタは大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせた。
 何を焦ってんだオレは……訳わかんねー。

「何をやってるんですか、ミスタ」
「早く拾って帰りましょう」
「分かってるっての! ちょっとくらい待てよッ!」

 全てを袋に収めると、一歩先をゆく二人を慌てて追いかけた。
 ストリートには賑わいが戻り始めている。今日もネアポリスは平和だ。

ミスタ×トリッシュ ほのぼの
2010.6